πの迷走
喜は走っていた。
やはり廊下の道のりは何度歩いていたとしても慣れないものである。
ましてや、そこまで人生経験のない喜ならばそれは顕著であり、現在も薄弱な記憶を頼りに手探りで正しい道を探しているようなありさまだった。
涅槃は先程すれ違ったが、何を考えているのかわからなかった上、忙しそうであった。
ぼうっと前方を眺めていると、前から自分とよく似た容姿の、髪型が違う人間が歩いてくる。
あれは嘘だ。
自分よりも面倒な性格であることは重々承知しているし、何より彼とはあまり話したこともない。
同じ素材から作られた存在であるのに、全くといっていいほどに接点がないのだ。
「よっ、嘘、そっちはどうかな? 」
軽い口調で語りかける。
そもそも喜には重苦しい話などは出来ず、そのほとんどが楽しんでいるような様子になってしまうのだ。
「どうもこうもないよ。なんともない」
タートルネックの上着をいじりながら、嘘は答える。
「そっか」
喜は彼にしては珍しく、つまらなさげに言い、嘘の方へ歩いていく。
嘘は特に動くようなこともなく、ぼんやりと虚空を見ている。
やはりわからないやつだ。
「気を付けてね、ちょっと建物が傾きだしている。何か起きてるよ」
嘘はわかっているといいたげに頷いた。
本当にわかっているのやら。


続く
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