憂はこそこそと此方をうかがい見ていた。
気がついたらそこに居るのだ。
元々そういう奴なのでどうということはない。
「…………憂、入っていいですよぉ」
間延びした声は相変わらずに、はいじま涅槃は自分に酷似した男を呼ぶ。
ぬるりと滑るように室内に入った男の目は隠れていて見えない。
ぞろりと長い黒髪が印象的で、始終何か囁いている。
「……貴方には少し頼みたいことがあるんですよぉ」
にこにこと語る涅槃とは対照的に憂はひたすらに呪詛を吐き続ける。
聞いているのかと不安になるが、こう見えて兄弟のなかでは二番目にしっかりしている。
大丈夫だろう。
「……なんですか手短にお願いします」
息継ぎをしない独特のしゃべり方で語りかけてくる。
此方側に興味を示すのは珍しいのだが、どうしたのだろうか。
「貴方はあまり体力もありませんしぃ……荒事は向きませんよねぇ……」
残念そうな口調とは裏腹に涅槃は楽しげである。
「それがなんていうんですかぼくには関係ないでしょうつまらない」
攻撃的に淡々と呟く様子は機械を思わせる。
涅槃は構わず、憂に赤い液体の詰まった小瓶を手渡す。
「……散布するときは注意してくださいねぇ……貴方まで被害を被っちゃあ意味がないですしぃ……」
人の話を聞かない涅槃に、憂はため息をつく。
しかし、承諾したようで小瓶を受けとる。
「スプレー用のヘッドがないですが」
「…………それくらい自分でどうにかしてくださいなぁ……あと、悟呼んできてくださいよぉ」
こくりと頷き、憂はゆらゆらと歩きながら室内を後にした。
続く