喧騒の水曜日
取り敢えず墓を見に行こうと祈導に言われ、十字は渋々引きずられることになった。
此処のところ毎日のように響き渡っている、ざわざわとした人の声は外に出るとより一層大きく鮮明に聞こえ、耳障りだ。
所々で物の割れる音や、怒鳴り声、拡声器から響く割れた要求が渦巻いている。
「十字さん、どうしたんですか?早く行きましょうよ」
幽霊の癖に、祈導は十字の外套を引っ張って先に進もうとする。
外歩き向きの服装に着替えてからというものの、祈導はやたらと此方を急かしてくる。
「わかったわかった!引っ張んじゃねえよ伸びるだろ」
ぐっ、と外套を引いて取り返し、今度は祈導に遅れないように歩く。
「だって引っ張ってないと居なくなっちゃいそうで、つい」
「つい、じゃねーよ!!たけえんだぞこれ!!」
うっかりいつもの調子で声を荒げると、小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。
「わりィ、ちゃんと付いてくわ」
目をそらしつつ、十字は然り気無く周囲を見渡した。
人が沢山通った後らしくボロボロの紙や、踏み潰された手袋、さまざまな靴の足跡が騒々しさを物語っている。
恐らくは今話題の荒川デモ、詳細はよく知らないが新聞で見る限り、政治的な側面のある活動であることはわかる。
「ねえ十字さん。此処火事でもあったんです?」
「あ?」
的外れな質問に首を傾げる。
「いや、こんなにゴミが散らばっているなんて変だなって思いまして」
「お前なぁ、新聞見てないのか?荒川デモだよ」
確か祈導は新聞の小説欄に一本小説をあげていた筈だ。
新聞を見ていない訳がない。
「……いやぁ、家から出ないんで必要無いかなって、自分のが載ってるのも見てないです……」
「はァ!?」
変な声が出た。
まさかそんな人間だとは思ってもみなかった。
「ご、ごめんなさい……!」
「お前な、うわっ!?」
祈導に突っ掛かろうとした所で、誰かにぶつかった。
なんとも幸せそうな色合いのスカートが翻り、すぐ近くに居た祈導が遠くなった。
「あら」
「っててて、わりィな嬢さん」
尻餅をついたが、そこまでの痛みは無かった。
ぬいぐるみを持った女性は紫の目で此方をちらりと見た。
「別に気にしなくってよ?」
「すみません十字さんが余所見したばっかりに……」
何故か祈導が謝り、十字は適当に土を払って立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ええ、ところで、そっちに行くって事はデモにでも行くの?」
デモ、そういえば騒音は近付いて来ているような気がする。
目的の方向で行われているようだ。
「や、墓参りだ。悪かったな、服とか汚れてねえか?」
じろじろと眺めるのは良くないとは思いつつ、十字は服をまじまじと眺めた。
見たところ目立った汚れは無く十字は胸を撫で下ろした。
「ぶつかっただけだもの。私急ぐの。ごめんなさいね」
金色の髪が翻り、女性はさっさと行ってしまった。
騒動は少し時間を取った間に更に近くに聞こえていた。

花園京子さんお借りしました。
prev nextbkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -