ディスコード
視界が彩度を失ってぐるぐると回り、螺旋階段をまっ逆さまに落ちていくような気持ち悪さの後、荒神古式は目を醒ました。
記憶の混乱が酷いような気がしたが、獲得した情報が瞬時に整理される古式にそんなことは起こり得る可能性は無かった。
外を見ると炎の赤に照らされた煙と、窓をきっちりと締め切っているにも関わらず室内にまで響き渡る銃声、そして聞き覚えのある人間の怒号や悲鳴が微かに聞こえる。
記憶の整理整頓が付き、古式は目を二度閉じたり開いたりした。
情報に齟齬があるらしいことは少し認識出来たが、それがどういった齟齬であるのかは記憶には無い。
見覚えのある荒神邸は、いつも通り少し趣味が悪い装飾に彩られており、古式は多少精神を落ち着けることができた。
いつもと同じように落ち着いた色合いの洋服を着直し、古式は机の上の懐中電話を手に取った。
しかし、古式には懐中電話をどう使えば所定の電話番号にかけられるのかがよくわからなかった。
最新式の懐中電話を確かに使ったことがある気がするのだが、どこを触れば動くのかがわからない。
取り敢えず勘で記憶してあるはいじま涅槃のダイヤルを回す。
しばらくの沈黙と、近未来的な電子音の後、聞き覚えのある声が聞こえた。
「なんですかぁ……用でもあるんですか古式……」
めんどくさいとでも言いたげな間延びした声が返事をする。
古式はいつも通りであることを再確認し、口を開く。
「何も無いです。電波通信のテストです。ありがとうございました」
雑に返事をし、切ろうとすると、微かに受話器部分から時報でも聞けばいいのに、だのそういった旨の言葉が聞こえた。
古式は一思いに電話を切り、部屋を出ることにした。
洋服のポケットには電話と小さなメモとペンを入れ、自分の記憶の齟齬について考えることとした。
カツカツと革靴が地面を叩く毎に頭が整理され、次第に気付いていくのは、自分はここ3年程の記憶を所持していないということだった。
古式は母の胎内から出た瞬間のことすら鮮明に思い出せる。
3年間も記憶が存在しないのは古式にとって地面が崩れて消える程に驚くことだった。
思いだそうとしても存在しない情報を脳から引きずり出すことは出来ない。
諦めて医者にでもかかろうか、と考えだし、特に意味もなく廊下を歩いていた足は、ようやく目的を持って歩き出した。

続く
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