うでのないはなし
「最近あんまり食べられてないんだってね?大丈夫かい?」
椅子に腰掛けたまま、やや小馬鹿にするように呟いた。
そこから指を差し出してにこりと笑う。
「ね、早瀬くん。ボクで良ければ指一本程度ならあげてもいいよ?」
こちらを見る目は無感動に濁っており、何を考えているのか読ませない。
最近はあまり食われた人間が居ないのか、血の匂いはほとんどなりを潜めている。
何となく右手を差し出したわけだが、両手共に器用であるので、片方くらい、まして指一本程度ならくれてやっても構わない。
「そっか、なら貰うよ」
つまらなさそうな顔がにやりと笑った顔に変じた。
「ああ、そのまま食べられるのってなんか嫌なんだけど。折角だし切り落としてよ」
椅子から跳ねるように立ち上がり、自分より身長の高い相手を見上げる。
「そうだね。そのままでも俺はいいけど」
「やだなぁ、ボクはそれはちょっとキツいんだってば」
適当な事を言いながら、雑多な店の奥に立ち入る。
手術台は赤錆と血の混じった様子で、少し寒気を覚える。
普段ならばそこに横たえられているのは食われる人間なのだが、今日は自分がそこに倒れ込む。
「はは、改めてやるとなんか緊張するね」
指輪を嵌めていない右手を差し出す。
片手にはのこぎりのような刃物が見え、切り落とされる事を改めて実感し、やや恐怖すら感じる。
「ああ、切るよ。じっとしててね」
刃物が手首に触れる。
疑問に感じ、早瀬の顔を覗き込んだ途端に、刃物が手首を叩き切る。
焼ける、冷たい、痛い、等の感覚の入り混じった奇妙な感覚と、ごとりという嫌な音が耳に伝わる。
「え、あ、……え……?」
掠れた声で疑問を呈す。
手から先の感覚が無く、掴んだつもりの右手は手術台に転がっている。
「お腹が空いててね」
特に何も問題はないかのように早瀬は言う。
更に刃物が肘の関節を捉える。
脳が強過ぎる痛みを遮断しているのか、不思議と手は痛いと感じず、ただ熱いと感じる。
肘の内側に当てられた刃物が振り上げられ、ギロチンのように振り下ろされる。
切れ味が劣っているのか、刃物が一撃で腕を切り落とす事はなかった。
「痛い、よ……いたいよぉ、……」
痛みよりも熱さと空気が触れる冷たさが強い。
視界が滲み、目が熱い。
泣いているのか。
最後とばかりに肩に刃物が当てられる。
既に力尽きたように倒れており、抵抗する気力はない。
ぐっ、と力を込められ、腕が落ちた。

終わり
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