「どうも神坂八郎ですぜ旦那」
糸目の男がそう言うと、壁に肩をつけていたもう一人が顔をあげる。
「遅かったじゃねーっすか」
「や、まあちょっくら準備に手間取ったんで」
へらへらと笑う男に少しだけ不機嫌そうに返答する。
「例の物は」
「あい、分かってる分かってる」
持ち出した袋から個包装の袋を取り出す。
粉末に色は無いのだが、どことなく嫌な雰囲気がある。
「旦那ははじめての客なんでただで良いぜ」
「ああところで八郎」
「あん?」
馴れ馴れしいとばかりに男の目付きが変わる。
少し近くで見たところ顔は化粧で作っているように見えた。
「それどう使うんすかね」
「はぁ?」
ふざけるなとでも言いたげな声色で、上背のある八郎はこちらを見下ろした。
じろじろとこちらを見てくる様子は不愉快だが、こちらの身長は低いのでどうにもならない。
「や、なんつーかはじめてやんのにしくじったら嫌じゃねえっすか」
「まあわからんでもねえわ」
視線が泳いでいる。
興味が無さそうだ。
「で、提案なんすけど」
指を相手の前に突き出して、指示するように一回振る。
「あんたが一回やってくれたら貰ってもいいっすよ」
八郎が微妙な顔をする。
片手に持った小袋をぴらぴらと振るのは何を言いたいのか。
「やぁだよ」
へらへらと先程と同じ様子ではぐらかす。
「実演販売とか、定番じゃねーっすか。それに、客商売だし教えてくれてもいいじゃねえっすか」
「普通に飲めば効くよバカじゃねえの」
飽きれ気味に吐き捨てると袋を手元に出される。
受け取らない様子を見ると八郎は不服そうに舌打ちをした。
「やー、でも飲み合わせとかあるじゃねーっすか。ね?」
「クソ」
「いっつもキメてんでしょあんた。そう言って誘ってくれたじゃねーっすか」
じっと見てみると薬を握りしめる手が少し震えている。
怖いの?と聞けば無言で袋を引き裂く。
「いいかこうやって」
口に含もうとした瞬間に手が固まる。
「どうしたんすか、早く」
固まった手がゆっくりと動き、薬が口に流れ込む。
一瞬顔を歪め、飲み込んだ直後にこちらを向いた。
「わかったか、こう」
「あいわかったっす、貰ってやるよ」
数個個包装が入った袋を受けとって立ち去る。
何やらよくわからないが先程の八郎の戸惑い振りからして良くないものであることは違いない。
「後で深都に見せよ」
ぼそぼそと言いつつ歩む足取りはまあまあ軽かった。
「げほっ……うぇ……」
客が立ち去ったのを見て、すぐに喉に指を入れ吐き出したが、あまり吐くことに慣れていないせいで喉が痛い。
感覚が妙に鋭敏になっていて余計に気持ちが悪い。
顔を誤魔化す為につけた化粧品の匂いですら気になってくる。
更に吐き出すが、喉に焼けるような痛みを感じてやめた。
ずるずると路地裏に座り込み、呼吸を整える。
吐瀉物の臭気から逃れたかったがどうにも今動くのはまずい気がする。
「二度とこの宣伝はしねえ……」
普段よりかすれた声で呟き、更に胃液を吐き出した。